経営学部 総合経営学科
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佐藤 英達 教授

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佐藤 英達 教授
経営史


サトウ ヒデタツ
藤田組の発展と破綻の研究。
甲南大学大学院 社会科学研究科 博士課程単位取得。

社史のコレクションは800冊余り。大学院生の時、既に700冊余りになった所で、他の本も含めて、およそ4000冊となり、本の重みで自宅の床が抜けそうになった程。それ以後社史に限らず本を買うのを手控えるようになったとのこと。
また、銀塩一眼レフ・カメラは10台余り、交換レンズは50本余り所有。白の極甘口にこだわってストックしたワインは、100本余り。白の極甘口だけで100本持つ人はいませんよと、有名なワイン評論家にお墨付きをいただく程。
趣味が豊富というより、モノを買うのが好きという佐藤教授は、「大学の先生になるより、百貨店かどこかのバイヤーになって、かの有名なカリスマ・バイヤーの藤巻さん(現・フクスケ・社長)のカウンターパートになった方が世の中により役立ったかも知れません」と冗談を一言。
研究面では、明治時代から大正時代の日本を代表する大会社であった「藤田組」の興亡を過去25年間深く掘り下げ、追求。近々、その研究をまとめた本を出版する予定とのこと。

先生のご専門は経営史、特に藤田組とお聞きしますが。
藤田組は、現在の山口県萩市の造り酒屋の三男坊であった藤田傳三郎が、明治初期に大阪で創業した会社です。日本史上では「政商」ともいわれますし、明治45年(1912)に他界した頃には、"日本五大富豪"の一人とも評価されていました。
この傳三郎のパーソナリティが、また個性的であり、魅力的でもあります。 当初は、陸軍向けの軍靴の製造・販売から始まり、鉄道・橋梁の建設工事の請負業に発展していきます。明治10年(1877)の西南戦争では、人夫の供給を請負い、その戦費1500万円の中で、300万円もの受注を受けたとされます。
さらに明治12年(1879)末から鉱山業に携わり、明治17年(1884)に官営小坂鉱山(秋田県)の払下げを受けたことから、さらなる発展を遂げます。明治15年頃から岡山県の児島湾の干拓事業に着手します。また、東洋坊の前身の三軒屋紡績、南海電鉄の前身の阪堺電鉄、大阪毎日新聞社、今日のUFJ銀行の源流のひとつである北浜銀行などの創業に係わります。
明治21年(1888)末に資本金50万円以上に事業法人は18社しかなかったのですが、うち6社は藤田組と、その関係会社でした。正に当時の巨大企業であったわけです。
明治時代の日本の財界の指導者の一人として非常に著名な人物であったわけです。立身出世という明治時代のテーゼ、ある意味でのサクセス・ストーリーの立役者として、大変面白い人物です。
それほどの人物が創業した藤田組は、
なぜ現在に続く財閥になれずに衰退して行ったのですか?
傳三郎のパーソナリティでしょう。政商としての成功が、ビッグ・ビジネスの経営者への道を必ず保証するわけではありません。また、傳三郎自身が経営者を目指すよりも、社会的な地位の向上を指向していたようです。
傳三郎が明治44年(1911)に男爵となって、日本の貴族階級の一員になるについては、政官界の裏面でかなり強引な裏工作を展開したようです。大正天皇の皇后は、古い堂上貴族の九条公爵家の出身ですが、傳三郎の三男の彦三郎の妻の實子(さねこ) は、九条家の支流の鶴殿男爵家の出身で、大正皇后のいとこにあたります。傳三郎の次男の徳次郎の後妻も三井財閥の本家の三井源右衛門家の出身です。傳三郎は、そういう上流階級の仲間入りをし、縁戚を広げてゆくことに大きな情熱を持っていました。
傳三郎は、藤田組の発展にも、もちろん意を用いていましたが、有能な専門経営者を育てるなどという意識はなかったようで、むしろワンマン経営を貫くという意識が強かったように思います。
傳三郎と同じく政商であった岩崎家の率いる三菱は、早い時期から今でいう事業部制を採用して、組織を活用する経営を行っていました。GMなどアメリカの大会社も同様です。こういう面では、傳三郎の意識はむしろ古かったというべきでしょう。
傳三郎は、政商として著名ではあったけれども、組織を動かす経営者とはなり得なかったわけです。今、こうした藤田組の歩みや傳三郎の足跡を3冊の本にまとめています。
いわば、日本の産業革命期の巨大企業が、なぜ衰退していったかという「破綻の経営史」です。
一方で、ゼミでは高度成長期の会社の発展史を考えていらっしゃいますね。
学生が、日常的な体験とかなり隔たった過去の会社を創造しながら学んでゆくのは、非常に難しいことだと思います。また、倒産や破綻、挫折の経験を見てゆくのも、決して夢多き、麗しき物語ではない。
ですから、ゼミでは、私の個人的な研究とは、まったく離れて日本の高度成長期の自動車産業や電機産業のサクセスストーリーを教えています。両方共に、"世界に日本あり"とアピールする産業としての地位を確立していますが、振り返れば50年程前には、今でいうベンチャー企業に過ぎなかったわけです。何もない所に市場を創造していく中で、大発展を遂げたわけですからおもしろくないはずがない。
先生の研究を実践の場で活用する機会があったとお聞きしていますが。
平成元年から6年まで、大阪府立産業開発研究所という公立の経営コンサルタント機関で、起業家の育成などに携わっていました。
経営史や会社の歩みを通して学んだ知識を、これから会社を興そうという方々のために活用していたわけです。
本学経営学部で、会社の経営者の方々をお招きして体験談を語っていただく「経営哲学特講」という科目がありますが、その頃に講演をお願いした社長さんや創業のお手伝いをした社長さんをお招きしています。
歴史を学ぶのは、過去を知識として覚えることが目的ではなく、過去の教訓を現在および将来のために活用することが目的です。とかく今しか興味がない、と感じられる最近の学生たちにそこの所を伝えたいと念願しています。もっともっと歴史の魅力を知ってほしいですね。

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