造形学部 デザイン学科
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杉田 圭司 教授

杉田 圭司の写真
杉田 圭司 教授
ビジュアルデザイン、イラストレーション


スギタ ケイジ
1981年愛知広告協会賞。1984年厚生省児童福祉文化賞、全米ADC主催日本グラフィックデザイン展銅賞。1990年度名古屋市芸術賞奨励賞。1992年93年SDA大賞奨励賞。1996年愛知県芸術文化選奨、2003年世界遺産「広島原爆ドーム」記念「切手世界コンクール」特賞他多数。

個性的な教授陣が多い愛産大で「エネルギッシュ」という言葉がとてもよく似合う杉田教授。ワルシャワ国際ポスタービエンナーレなど多くの国際展にも作品を出展し、ブルーノ国際グラフィックビエンナーレが選ぶ180人のアーティストにも選出された、世界の第一線で活躍するグラフィックデザイナーの「生い立ち」をお聞きしてみました。

グラフィックデザインの世界に進もうとお考えになったきっかけは?
子どもの頃から絵を描くことが大好きでした。ずっと絵描きになりたいと思っていたのですが、絵だけで食べていくのはとても大変でしょう。それで絵を仕事につなげられる商業デザインに関心がいったんです。本当はデザインを専門的に学べる工芸高校に行きたかったのだけれども、家業を継いでほしいという両親の希望もあって地元・岡崎の商業高校へ進みました。
高校では商業デザイン部に所属していました。火がついたのは高校2年生のとき、同じ部の友人が岡崎市民展に作品を出品し入選したときからですね。「よし、自分もやってみよう」と奮起したわけです。翌年の岡崎市民展では市長賞を、また愛知県下のデザインコンクールでは中日新聞社賞をそれぞれ受賞することができました。そうなると、もう面白くて仕方がない。結局、家業は継がずに東京の美大に進学しました。
大学をご卒業されて、実際にデザインの現場に飛び込んだ時はいかがでしたか?
まず名古屋の広告代理店に就職しましたが、そこは新聞広告とテレビのテロップを専門にやっている会社で、当時ですから白黒のものしか作らなかった。カラーのものも作りたいし、ポスターやカタログ、パッケージなどもっと幅広い仕事がしたくなり、デザイン事務所へ移りました。
昭和50年代というのはちょうど日本宣伝美術家協会が設立され、「デザイン」が注目を浴び始めた時期でした。独立を考えたのはそんな頃でしたね。28歳のとき、様々な想いがあって、友人と共同でデザイン会社を興しました。10人ほどの会社でとにかく忙しく、週に2日も家に帰れれば良いほうでした。困ったのは、社内にはイラストやスケッチを描ける人間が私ひとりしかいなかったこと。仕事に追われ、時間に追われ、いつしか絵が「荒れて」きてしまったんです。また、デザイナーであると同時に経営者でもあるわけですから利益の追求も考えなければならない。このままでは自分は行き詰まってしまうと思い、意を決して会社は友人に任せ、フリーランスになったのです。私は名古屋で初めてのフリーのイラストレーターだったんですよ。実は、自分はフリーになっても人脈には困らない自信というか、勝算があった。以前から広告イラストの仕事を指名でいただいていたということもありますが、ここに来るまでに様々な人と積極的に出会い、作品を発表し、自らの土台を作り上げていたからです。そんな経緯もあってイラストレーターズナゴヤ〈名古屋イラストレーターズクラブ〉の立ち上げに関わり、その縁でほうぼうから講師として招かれるようになり、今こうして愛産大で教鞭を執っているわけです。
ご自身の作品制作のみならず中部地方のデザイン団体のまとめ役としても精力的に活動をなさっていますね。
私が昔からずっと大事にしているのは「積極性」ということ。活動の場が広がれば、より多くの人が私の作品を見て何かを感じてくれる。ひょんなところから制作の依頼が来たり、美術館から「あなたの作品を収めたい」といった打診を受けたりして、自分自身びっくりしますよ。国内では武蔵野美術大学、富山県近代美術館など、海外ではアムステルダム近代美術館、フィンランドのラーティ市立美術館など世界20カ国の美術館に私の作品が収蔵されています。
いま、農林水産省が進めている中山間地域の振興事業に関わっています。一見デザインとは縁がなさそうでしょう?でも大きく見れば街を作ることも、組織を作ることも、人生を作ることだってみんなデザイン。何だって自分のこやしになります。私はまた、あちこちに出かけて審査員をやったりしていますが、世の中の動きを知ったり、客観的にものを見る良い機会だと思っています。
本学で学ぶグラフィックデザイナーの卵たちへ、メッセージをお願いします。
言葉よりも、私が一人のクリエイターとして挑戦しつづけている姿を見て、何かを感じ取ってくれればいいと思います。あえて言うならばデザインだけでなく、色々な世界を知って欲しいですね。ファッション・演劇・建築…みんなどこかで繋がっています。そうやって好奇心旺盛に人生を楽しみながら自分の幅を広げていければ素晴らしいと思います。それから、現実的な問題として学生には「就職しなさい」とだけは言っています。最近は学校を出てすぐフリーになる人も多いけれども、最低でも5年は会社の中で様々な仕事を手がけ、手に職をつけることが大事です。「自分はデザインで食っていくんだ」というプロ意識もそこから培われるはずです。

佐々木 尚孝の写真
「オルテンバーグに捧ぐ」
作品サイズ 1030×728

(ASU JOURNAL VOL.3(2002年9月発行)に掲載されたインタビューです)

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