米村 まろか 准教授

米村 まろか 准教授
教育学、カリキュラム研究
- ヨネムラ マロカ
- 名古屋大学大学院博士課程満期退学。
主論文「<教育内容>の不思議」、「身体のエクリチュール」など。日本教育学会、日本カリキュラム学会会員。
2000年4月に赴任して以来、教育学の研究の傍ら、教職課程の指導にあたっていらっしゃる米村まろか准教授。演劇に興味をお持ちで、年に5回は鑑賞されるとか。過去には演じる側としてアマチュア劇団に所属していたこともあるそうです。ご研究は教育学の中でもカリキュラム論が専門のテーマ。カリキュラム評価の視点から今の学校教育が抱える問題点についていろいろお話を伺いました
- 教育学に進まれるきっかけと、主な研究内容について教えてください。
- 発達遅滞児を預かる宿泊型の養護施設に父親が勤めていた関係で施設内にある官舎で育ちました。障害を持った子どもたちを見て、彼らがどのように育つべきかということを考えるようになりました。普段から私の親ともそういう会話をよくしていましたね。それが教育学に進むきっかけといえるのかもしれません。多様な障害児を見て育ったので、一般の健常児の教育に対して、決まったことを決められたように勉強しないと怒られるというような、多様性が許されないのはなぜだろうという疑問がわきました。これだけいろんな人間がいるのになぜ全員が同じように勉強しなければならないのか、とても不思議に感じていましたね。
自分が学んできたのは教育学の中でも教育内容論といって、教育内容をどうやって決めるかという部分です。ほかに教育課程行政という領域もあり、学校教育で何かしようと思ったら、その分野とも関係があります。学習指導要領に関する議論をどう考えるか。またそれを方法論的にどのように考えていくかという部分を専門に研究しています。

- ゆとり教育が問題視され、教育の現場が揺れているように感じますが。
- 実際にゆとり教育に関する研究に関わってはいませんが、自分たちの議論の中にも必ず出てきますね。しかし表面上はゆとり教育が議論になっていますが、水面下で実際に進んでいるのは分権化の方です。今、学校では国が決定する学習指導要領に従ってどの学校でも同じように学んでいく学力部分と、体験学習とか発見学習のような学校裁量で行っていく総合的学習の二つを取り入れています。その両方のバランス的な部分で揺れ動いていながらも、それぞれの学校が自分たちで判断してカリキュラムを決めていくべきといった分権化が、実は動かない方針として進んでいるんですね。総合学習というのが分権化の一つの隠れ蓑だったんです。学校裁量で行える部分を作っておいて、分権化へと進めていこうとしていたわけです。各学校で独自の取り組みを自分たちの責任でしなさいという流れになっています。この分権化の動きに関してはぶれていないのです。その部分で、学校レベルのカリキュラム経営やカリキュラム評価をどうすべきかというのが自分が今やっている研究の一部です。
- 理想的な学校の姿はどうあるべきと思われますか?
- オープンな場所を学校の中に設けて、オープンに議論できることです。自分勝手な親は、学校の現状を知らないために勝手な発言をせざるを得ないので、学校がどういう状況の中で業務をやっているのかをきちんと公開すべきだと思います。そのうえで、協力を要請すればいいと思います。現実は先生たちの間でもオープンに議論し合う空間がなかったりします。それぞれの先生がクラスでどんな授業をやっているかを校長や教頭、他の先生もあまり把握していないことが多いのです。学校経営も教育課程経営も、まずそこがオープンにならないと話になりませんね。評価というとオープンではなく、値踏みのようなカタチになってしまいがちです。そうすると構えてしまうので、そうではなくみんなが協力し合って、みんなが向上していけるようなオープンの仕方が望ましいと思います。その方法論は大きな課題です。まず、教員の中でオープンにし、次に親に向かってオープンにしていくといった具体的な施策は、本当にまだ一部の学校しかできていなのが現状です。そのあたりも今後の研究課題だと思っています。
- 学生にはどんな授業をしていらっしゃいますか?
- 造形学部と経営学部はそれぞれ取得する免許は違いますが、どちらも教職課程の入門部分の、教師論、教育原理、教育方法論などの授業を担当しています。造形学部の学生と経営学部の学生とは人間の種類が違うような気がしますね。造形学部の学生はモノを作るというところでこだわりをもっている子たちなので、すごくリアルに考えています。反対に経営学部の子たちは、とても社交的ではありますが、リアルさというよりは、やりとりを楽しむといった感じです。職人肌と営業肌といった違いでしょうか。4年間は非常に短く、他の学校でもそうですが、学部では自分の専門を学ぶだけで精一杯で、教職課程との両方を学ぶのは難しいと思います。自分の見取り図が描けるとか、学校や文部科学省がどう仕組みで動いているかとか、授業の中を見れば授業の組み立てができるとか。基礎や大枠の部分しか教えられません。さらに彼ら自身が若いのは教職課程を学ぶ上では利点ではあるのですが、特に1・2年生では、彼ら自身がまだ子どもっぽい部分が目立ちます。子どもの時点を忘れずにそこから抜け出して、自分を客観的に見られるようになることが1・2年生の課題ですね。自分の体験を振り返って、逆にそれを子どもたちの理解の窓口にしつつ、さらに自分の視点を1段階上げていって欲しいですね。

